日本自然災害学会長 挨拶

自然災害研究の歩みとこれから

会長(2017年度~2019年度)
京都大学 寶 馨

1981年に創設された日本自然災害学会は、今年で36歳になりました。この間、様々な自然災害が世界を震撼させました。死者・行方不明10万人を超える災害は、例えば、2004年の年末に起こったスマトラ沖地震とそれに伴うインド洋沿岸域の津波は23万5千人、また、2008年5月にミャンマーを襲ったサイクロンNargis は高潮により13万8千人を数えました。日本では、1995年1月の阪神淡路大震災で火災による被害者も含め6千3百人、2011年3月の東日本大震災で地震と津波により1万8千人もの犠牲者が出ました。欧州(2003年)、ロシア(2010年)では熱波でそれぞれ数万人が、インドとパキスタン(2015年)でもそれぞれ2000人以上が犠牲となることが実際に起こっています。

このような自然災害は、決してなくなりません。地球物理学的な活動を続ける地球に住む限り、毎年どこかで発生する地震、火山噴火、台風(ハリケーンまたはサイクロン)という自然現象に影響を受けることは避けられないのです。わが国は、1990年代に国連の国際共同事業として国際防災の十年(IDNDR = International Decade for Natural Disaster Reduction)を提案し、採択されました。そして、1994年に横浜で第1回の国連防災世界会議を開催しました。この十年は、わが国の各研究機関にとっても災害あるいは防災に関する国際共同研究を推進する極めて重要な節目となりました。私自身も1994年から京都大学防災研究所に赴任し日本自然災害学会に入会し、またIDNDRのインドネシアとの国際共同研究に参画しました。爾来、国際的な共同研究に従事し、その推進に尽力して参りました。

横浜会議の直後に阪神淡路大震災が起こり、地震がもたらす家屋や建造物の甚大な被害のみならず、火災、人間のこころのケア、災害医療・看護、震災後の生活の復旧・復興なども含め「総合防災」というような考え方の重要性が認識し始められました。また、民間人のボランティア活動、自衛隊の災害緊急対応の在り方、建築基準の見直しなど、伊勢湾台風(1959年)以来久々に起こった数千人以上もの死者の災害により、事前・事後の防災体制の実務面もさることながら、自然災害研究の在り方も大きく変わってきたのでした。

2005年には、この神戸の地震災害から10周年ということもあり、日本政府、兵庫県、神戸市が中心となって、第2回の国連防災世界会議を開催しました。そこでは、兵庫防災行動枠組(HFA = Hyogo Framework for Action)が採択されました。IDNDR の経験を踏まえ、その後継組織として設立された国連国際防災戦略事務局(UNISDR)がその推進役を担い、グローバル防災プラットフォーム会議を定期的に開催するようになりました。また、2005年~2015年を実施期間と設定したHFAと時期を同じくして、国連総会では、21世紀初頭の人類の目標を掲げ2015年をターゲットとしたミレニアム開発目標(MDGs = Millennium Development Goals)が世界的に合意されました。

2015年は、こうしたHFAやMDGs の目標年でもあったため、その後継の考え方や目標が議論されました。仙台では、第3回の国連防災世界会議が開催され、大震災からの復興の様子を世界各国からの参加者が目の当たりにするとともに、仙台防災枠組(SFDRR = Sendai Framework for Disaster Risk Reduction 2015-2030)が採択されました。この枠組では、地方、国、地域及び地球規模のレベルで、国家によるセクターごと、及びセクター横断的に、焦点を絞った行動が必要であるとして、以下の四つの優先分野が設定されました。

  1. 災害リスクの理解
  2. 災害リスクを管理する災害リスク・ガバナンスの強化
  3. 強靱性(レジリエンス)のための災害リスク削減への投資
  4. 効果的な災害対応への備えの向上と、復旧・復興過程における「より良い復興(Build Back Better)」

災害リスクは、概念的に次のような式で表現されます。

DR = H × E × V

ここに DR : 災害リスク、H : ハザード(災害原因事象)、E : 暴露(被災しうる人や資産)、V : 脆弱性(人や地域の脆弱性)です。災害リスクを軽減する対策を C とすれば、

DR = H × E × V / C

と表すことができます。災害原因事象 H を低減させる対策としては、例えば、洪水に対してはダムや堤防、地震動に対しては耐震補強など、暴露 E に対する対策は、土地利用規制や危険地からの移転などの政策が考えられます。人や地域の脆弱性 V を低減するには、防災教育、ハザードマップなどによる備えの向上、防災施設や避難施設の整備などが挙げられます。これらの対策は、上記の四つの優先分野のうち2〜4に関係します。

図は、私が講演などで良く使うもので、日本自然災害学会が発足した1981年以後の世界の防災に関する国際的動向(特に国連の諸会議と世界で起こった主要災害の時系列)を示しています。これはユネスコ防災課長であったバダウィ・ルーバン氏が提供してくれたものに手を加えたものです。上に述べましたこれまでの経緯の概略を示すものですから、参考にしていただければ幸いです。

HFAとMDGsの目標年は2015年でした。それぞれの後継の仙台防災枠組SFDRRと国連持続可能開発目標 SDGsは、目標年を2030年に置いています。自然災害研究、防災・減災研究は、上記の災害リスクの科学的理解とそれを如何に軽減していくか、という科学・技術・政策を考究し、それを世に問うていかねばなりません。そこでは、発災前・発災中・発災後の住民個々の対応も研究対象になってきます。

わが国はもともと各種の災害を経験し、それを克服すべき様々な対策を講じ、その研究の実績、防災投資の実績は世界のトップであります。また、一方、超高齢社会にすでに突入しているわが国は、こうした社会環境に応じた新しい防災・減災の方向性も考えていかねばなりません。このテーマは、他国もいずれ超高齢社会になっていくということ(2050年には今どんどん人口が増加しているアジア諸国でさえも超高齢社会に突入する)ということを考えますと、医療・看護や社会福祉の観点も含めた学際的な、世界を先導する重要なテーマであるとも言えます。

日本自然災害学会は、地震学、火山学、気象学などそれぞれの学問分野を中心とする学会ではなく、そうした学問分野の専門家が集う学会です。近年は、人文・社会科学系さらには災害医療・看護関係の会員も増えてきています。また、行政や民間の実務家の皆さんも加入して、各分野での専門的な知識を得るとともに、学際的(interdisciplinary)なアプローチを学べる場でもあります。そしてそれを実務に活かす超学際的(transdisciplinary)な思考と実践を行うことを目指す場でもあります。

この日本自然災害学会の意義を改めて皆様とともに認識し、さらなる展開を図って参りたいと存じております。会員各位の益々の御研鑽をお願い申し上げます。