日本自然災害学会長 挨拶

グレート・リセット時代の災害対策

会長(2020年度~2022年度)
東京大学 目黒 公郎

新型コロナウイルス感染症とグレート・リセット

2019年に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界各地で猛威を振るい、多くの問題を投げかけています。しかし一方で、従来の延長では考えなかったであろう様々な工夫を生み出す契機にもなっています。世界経済フォーラム(WEF)の創設者であるクラウス・シュワブ会長は、「世界的なCOVID-19問題により、第二次世界大戦以降の社会経済システム(働き方や生き方を含む)は持続性に乏しいことが判明した。世界はこのタイミングに全てリセットし、人々の幸福を中心とした持続性の高い新しい社会経済システム(働き方や生き方を含む)を緊急に構築すべきである」という「グレート・リセット」を提唱しています。

人類の発展は共創と交易により生まれ、科学技術を発展させ、世界各地の都市部の人口増加とともに、人口密度の高いエリアを拡大させましたが、これは同時に災害と感染症に対する脆弱性を高める結果を招きました。その意味では、現在私たちが直面する多くの問題は、人類の発展の必然の結果とも言えると思います。先進国では、これらの課題への対応力を、各種のインフラを整備することで高めてきましたが、今後は従来型の大規模な予算を投じたインフラ整備は困難です。グレート・リセット下における対応としては、人口誘導によるコンパクトシティ化など、分散型のインフラで生活が成り立つような新しい発想が求められます。

また、地球温暖化による台風の巨大化や頻発化、大雨や干ばつ、猛暑や寒波、大雪など、気象災害は激甚化しています。さらに、危険性が叫ばれて久しい首都直下地震や南海トラフの巨大地震による被害は、国の存続にも影響を及ぼす「国難的災害」になると予想されています。東日本大震災の影響も福島県を中心に未だに続き、その復興には多くの課題の解決と時間をかけた取り組みが必要です。私は東日本大震災以来、現在の災害対策に関わる重要課題の多くが、従来の細分化が進んだ特定の学問分野や少数の関連分野の連携だけでは解決できないものであることを痛感するとともに、自然の脅威と防災関係者が忘れてはいけない自然に対する敬意や謙虚な姿勢の重要性を再認識しています。

切迫する「国難的災害」の危険性と求められる災害対策における意識改革

政府中央防災会議は、危険性の高い甚大な災害に対して被害想定をしています。その代表は、首都直下地震(約95兆円)や南海トラフ沿いのM9クラスの巨大地震(約220兆円)ですが、これらの被害額は、発災から数日後までを対象としたものです。ゆえに、津波災害や延焼火災の影響は考慮されていますが、長期的な経済的損失は含まれていません。これに対して、公益社団法人土木学会が、首都直下地震、南海トラフ巨大地震、東京・名古屋・大阪の三大湾の巨大高潮、三大都市圏の巨大洪水を対象として、長期間(地震については20 年、水害については14ヶ月)の経済的損失を評価し、2018年6月に発表しました。主な結果をご紹介すると、直後の資産被害に長期的な経済被害と財政被害を合わせると、南海トラフ沿いの巨大地震で1,541兆円、首都直下地震で855兆円、大阪湾巨大高潮で128 兆円、東京湾巨大高潮で115兆円、東京荒川巨大洪水で65兆円です。わが国の一般会計予算(約103兆円、2020年度)やGDP(約535兆円、2019年度の名目GDP)と比較しても、これらの損害が如何に甚大であるかは言を俟たないでしょう。

さらに、現在の我が国の財政状況や少子高齢人口減少を考えれば、今後の巨大災害への取り組みは「貧乏になっていく中での総力戦」と言えそうです。しかも首都直下地震や南海トラフ巨大地震などでは、事後対応のみによる復旧・復興が難しいことから、脆弱な建物や施設の強化とともに、災害リスクの高い地域から低い地域への人口誘導など、発災までの時間を有効活用したリスク軽減対策が不可欠です。また「自助・共助・公助」の中で、今後益々減少する「公助」を補う「自助」と「共助」の確保とその継続がポイントになりますが、従来のように、その担い手である個人や法人の「良心」に訴えるだけの防災はもはや限界です。活動主体の個人や組織、さらに地域に対して、社会貢献の範囲を超えて、物的・精神的な利益がもたらされる環境の整備が不可欠です。これらの課題への対応は、研究的には従来の研究課題の深化に加え、理工学と人文社会学や生命科学などの関連分野を融合した研究成果に基づくハードとソフトの組み合わせ、さらに産官学に金融とマスコミを合わせた総合的災害マネジメントが重要になります。金融とマスコミを含むことの理由は、「自助」と「共助」の担い手である個人と法人に彼らが大きな影響を及ぼすからです。また社会環境としては、災害対策に対する意識を「コストからバリュー」へ、さらに「フェーズフリー」なものに変革していく必要があります。そして、この意識改革に基づいた防災ビジネスの創造と育成、さらにこれらの魅力ある市場の形成と海外展開が重要と私は考えています。従来のコストと考える災害対策は「一回やれば終わり、継続性がない、効果は災害が起こらないとわからないもの」になりますが、バリュー(価値)型の災害対策は「災害の有無にかかわらず、平時から組織や地域に価値やブランド力をもたらし、これが継続されるもの」になります。災害時と平時のフェーズを分けないフェーズフリーな災害対策は、平時の生活の質を向上させるとともに、それがそのまま災害時にも有効活用できる災害対策です。「公助」も変わる必要があります。従来の公金を使った行政(国・都道府県・市町村)が主導する「公助」から、「自助」や「共助」が自発的に災害対策を推進しやすい環境整備としての「公助」への質的な変換です。

総合的災害管理(マネジメント)

東日本大震災以降、「防災から減災へ」の言葉をよく聞きます。多くの方々は「防災」を災害抑止対策のみと考え、全ての被害を抑止することはできないので、事後対応を含めて被害の影響を最小化したいという趣旨で「減災」を使っておられるようです。しかし私は「減災」という用語には、以下で説明する2つの理由から違和感を持ちます。

理由のひとつは、防災に対する理解不足です。防災で最も重要な法律である「災害対策基本法」では、その第一章(総則)の第二条の二で、「防災は災害を未然に防止し、災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ、及び災害の復旧を図ること」と定義され、「防災」は「抑止」と「災害対応」と「復旧」を合わせた概念だということがわかります。つまり、上で説明した「減災」は「防災」そのものだということです。ただし、「より良い復興(大規模災害を被災地域が抱える課題を解決する重要な機会としてとらえ、復興時に発災前よりも良い地域環境を実現する)」の概念が弱かったので、東日本大震災を踏まえて「復興法」が整備されました。

2つ目の理由は、国民をミスリードする可能性への危惧です。すでに触れたように、首都直下地震や南海トラフ巨大地震による被害は、事後対応だけでは復旧・復興が難しい規模であることを考えると、事後対応にウェイトを置く(少なくとも、置くように国民に感じさせてしまう)「減災」は国民をミスリードしかねないのです。現在の我が国のように、巨大災害に直面する可能性の高い状況において本質的に重要な対策は、発災までの時間を有効活用した事前の災害リスク軽減対策であり、これによって発災時の被害量を自分たちの体力で復旧・復興できるレベルに小さくすることなのです。

しかし、多くの人々が「防災」の漢字が有する意味から、どうしても「災害を防ぐ」という事前の抑止策のみと考えやすいことと、不足していた「復興」の意味も加えた上で、私は「総合的災害管理(マネジメント)」という用語と考え方を提示しています。「総合的災害管理」力の向上は、「自助・共助・公助」の担い手ごとに、「被害抑止」「被害軽減」「災害の予見と早期警報」の3つの事前対策と、「被害評価」「緊急災害対応」「復旧」「復興」の4つの事後対策(図1)を、対象地域の災害や地域の特性と災害対策の実状に合わせて適切に組み合わせて実施していくことで実現します。また、「総合的災害管理」対策によって実現を目指すものは、「災害リスクの低減」と「災害レジリエンスの向上」です。「災害リスクの低減」は、同程度のハザード(自然の脅威)に襲われた際に発生する直後の被害を軽減する能力です。一方、「災害レジリエンス」は、「早期復旧を実現する能力」と「災害を被災地の潜在的な課題を解決(改善)する重要な機会としてとらえ、被災地を災害前よりもいい状態にする能力」を合わせた概念です。この関係を示したのが図2です。

図1 総合的災害管理(マネジメント)システム
図1 総合的災害管理(マネジメント)システム
図2 総合的災害管理による災害前後の被災地の変化

日本自然災害学会の責任と期待

わが国は世界をリードして、災害とその対策に関する研究を推進し、その成果としての様々なハードとソフト対策によって、過去の同程度のハザードによる被害を確実に軽減することに成功しました。その過程では、他分野と同様に、研究分野の細分化と各分野での研究の深化によって、研究の進展の効率化がはかられました。しかしその一方で、細分化された研究分野の狭間に存在する課題は取り残され、十分な検討がなされてきませんでした。また、関連分野全体を統合する力や行政組織と連携する力も十分ではありませんでした。この問題が顕在化したのが東日本大震災であり、この問題の改善は今後の巨大災害対策ではより重要になります。日本自然災害学会は、これらの点を謙虚に受けとめるべきですし、果たすべき責任は重いと思います。

1981年(昭和56年)に設立された日本自然災害学会は、2021年に40周年を迎えます。そこで、当学会としては、寶馨前会長を中心に、40周年記念出版として「防災辞典」の出版を企画し、その編集作業を進めています。これ以外にも特別企画を考えたいと思いますので、いいアイデアがあればぜひお知らせください。また、学会設立以来、刊行を続けていた英文ジャーナル「Journal of Natural Disaster Science (JNDS)」は、韓国防災学会(Korean Society of Hazard Mitigation : KOSHAM)との協力協定に基づき、2学会共同の英文ジャーナル「Journal of Disaster Science and Management (JDSM)」として、2021年に生まれ変わります。会員の皆様には、これまで以上に積極的な投稿をお願いいたします。わが国の行政による様々な災害対策は国際的に見ても優れたものが多いですが、英文で紹介されることが少ないので、海外ではよく知られていません。結果として、途上国などが災害対策を進める際に、優れた日本のシステムではなく、他国のシステムが採用される事例が良くあります。これは非常に残念なことです。英文ジャーナルがJDSMに変わったことをきっかけに、我が国の行政による災害対策についてもJDSM上で積極的に紹介できるといいと考えています。また2023年は我が国における過去最悪の自然災害とされる関東大震災から100周年です。これに関しても、日本自然災害学会としての企画の立案と作業を、私の任期中に開始しなくてはいけないと思っています。

我が国の自然災害関係の老舗学会としての日本自然災害学会への期待は大きいです。「グレート・リセット」の時代に、上述したような我が国の災害対策を取り巻く様々な課題や環境を踏まえ、日本自然災害学会に期待される多様なミッションに答えられるよう、また会員の皆様のお役に立つ学会となるよう努力していきますので、変わらぬご理解とご支援をよろしくお願いいたします。